2009年7月12日 (日)

サヨナラ自民党

サヨナラ自民党
・写真は2009年7月5日(日)の長大病院の夕食
1日当たり1800kcal
これだけ、ボリュームがあれば、十分。
味は、相当に良いと思います。
栄養士さんのレパートリーが、相当に広いのか、入院して半月、メニューの重複がありません。
病院の、限られた食費で、ここまで出来れば立派です。
ちなみに、私は、入院すると病院食以外の、間食の類を一切食べなくなります。なぜかベッド上では、食べたくないのです。
その代わり、病院食は、完食します。


・小泉氏は、本当に自民党をブッ壊してくれた

多分、比較的まともな、保守リベラルの自民党の方々は、大変迷惑と感じると同時に、「何故、あの時、小泉氏なんかを自民党総裁選んだのだろう?」と後悔しているでしょう。
単に数を稼げれば良いという、国民をバカにした、長年の奢りが墓穴を掘りました。
しかし、今度も懲りずに、宮崎県知事を引っ張り出そうとしています。
宮崎県知事も宮崎県知事で、おかしな条件を出したりして、これも、墓穴を掘ったと言えるでしょう。
彼は、確かに宮崎を有名にし、一大ブームを作りましたが、ただそれだけです。彼が去ってしまえば、元の木阿弥です。この手法を使うのなら、日本の地方自治の首長は、すべてタレントにしなければなりません。
彼の言っていることは、広い政治のごく一部でしかなく、これまた、ミーハー人気に自分を見失ってしまった、と言えるのではないでしょうか?。
国民も又しかり、一時のミーハイズムに流され、小泉自民党に、一票を入れた人たちです。自民党に、衆議院議員の2/3という、憲法改正をも可能にする、議席を与えた力は、何のことはない、「何の行列か、分からないが、これだけの人が並んでいるのだから、一応並んでおこう。」というやからと同じ力です。
無くなるわけでは、ないのに、新製品の販売開始を、徹夜で並ぶ人達、夜中の12時より販売開始などという、訳の分からないセレモニーを喜ぶ人なんかも、流されやすいという意味では、同種の人達です。
ただ政治は、お祭りや、人気投票ではありません。
年金問題などを含めて、自分自身の生活や、命が、かかっています。
今、社会問題化されていることは、殆んどが、戦後、60年以上を費やして、やったことです。
その中でも、小泉政権のやったことの、あまりのひどさは、現状の経済情勢を見れば明らかでしょう。

行き場を失った自民党は、我が身に降りかかってくるのを忘れて、政治資金問題で、民主党の揚げ足取りをやる以外に、切り返す力さえ残っていない有り様です。

・明日は、必ず衆議院は解散-そして、自民党は、分裂

既に、この時間には、投票が始まっていますが、東京都議会選挙の結果いかんでは、衆議院は、間違いなく明日、解散です。
ここまで醜態をさらして、政権に固執してきた、麻生総理が、総裁選挙の前倒しなんかに応ずるわけはなく、自らの手で解散総選挙に打って出るのは、間違いありません。自民党がどうなろうと知ったことかで、破れかぶれに解散するでしょう。
まるで、彼の祖父の吉田茂氏が行った、「バカヤロウ。」解散みたいに。血は争えないというわけですか?
そして選挙後、間違いなく、自民党は、分裂します。
政界再編成という言い方で、現野党勢力の分裂を示唆する人もありますが、せっかくの政権交代直後にそれはないでしょう。

何れにしろ、都議選挙の結果が出るのは、もうすぐです。

2009年7月12日(日)
14時53分

阿部紀史

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2009年7月 5日 (日)

自民党一党独裁に、幕が降りる日

自民党一党独裁に、幕が降りる日
・写真は6月28日(日)の長大病院の夕飯です。
1日当たり1800kcal

普通食が2000kcalなので、入院時に自主的に、1800kcalを希望しましたが、ご覧の通りの結構ボリュームのあるメニューです。
実際には、安静にしていることが多いので、これでも多いくらいです。
1600kal位で良いのでは?と考えています。


・ついに、自民党一党独裁に、幕が降りる。


日本は、自民党一党独裁政治が続き、とても、議会制民主主義の国とは言い難かった国ですが、確実に、後2ヶ月あまりで、終わります。
やっと、先進国の仲間入りが出来るわけです。
より進んだ国とは、いつでも政権交代があり得る、政治的に自由な国を言います。
そういう意味では、今度こそ確実に、自民党独裁政権の息の根を止めないと、二度とチャンスはないと思わねばなりません。
ハッキリと、既に普通の感覚で、語れるような、行政府や、立法府ではありません。
自民党が、責任与党、責任政党であるかのごとき、戯言は、もう誰にも通用しないでしょう。
かつて、あえて政権を手放し、当時の社会党に政権を渡し、自社さ政権を造り上げた、橋本龍太郎のような大物は、もはや自民党には、いません。

・何故、自民党独裁政治が続いたのか?

この国は、今までが、全て馴れ合い、そしてモタレ合う社会だったのです。
国民は、敗戦と同時に、民主主義を与えられました。正に、与えられたのであってそれ以上でも以下でもありません。
では、誰から?
米国以外の何者でもありません。
日本人は、何の苦労もなく、つまり、自分たちで体制と闘わずして、民主主義を与えられたのです。
実は、その陰には、広島や長崎への、原爆投下※注1、それに、沖縄での、悲惨な自国の軍隊による、集団自決の強要などの、《尊い犠牲》と呼ぶには、《余りにも惨すぎる犠牲》がありましたが、殆んどの日本人には、どうでもよいことでした。
※注1-広島や長崎への、原爆投下が、戦争を終わらせたなどという、軽薄な、ゴマカシの論理に乗っているのではない。
ここで取り上げたのは、あくまでも、前の戦争の悲惨な犠牲という意味であって、それ以上でも以下でもない。
当然、日本の敗戦には、原爆投下は、必要なかった。
広島や長崎への原爆投下は、正に新型爆弾の人体実験であり、それと同時に、戦後のソ連との冷戦構造を意識した、パフォーマンスだったわけである。
あれ以来、核保有国が、どんなに不利な戦況下でも(例えは、ベトナム戦争時の米国)、核兵器を使用しないのは、広島や長崎が、加害国の目で見ても、いかに悲惨で想像を絶するものであったかの証明である。

戦後の発展も、朝鮮戦争や、水俣病に代表される、色々な公害という、多数の人の、犠牲の上に築かれました。
なにも、日本人が単に優れた技術を持っていたから、だけではないのです。
しかし、教育でそれらのことが、積極的に取り上げられることはなく、人々は、高度経済成長を、謳歌しました。
自分たちが犠牲になったわけではないのです。
ですから、適当に心地よい、今を保守できれば良い、もっと言えば、自分さえ良ければ、他の人々や、出来事は、どうでもよかったのです。
そして、それを心地よく支えてくれたのが、自民党だったのです。
経済成長で得た、多額の税金は、農林、漁業等へバラマカレ、それらを代表する、圧力団体を、絶好の集票マシンに変えました。
いわゆる「オラが先生」が、自民党議員の、多くを構成することとなりました。
そればかりか、先に述べた経済発展の犠牲になった人たちには、なんの国家保証もなされませんでした。
自民党に、何か問題が生ずれば、マスコミが批判してくれる。自分達も、口先だけは、一応批判めいたことを言っておけば良い。
賃金は、左派系の労働団体がストを打ってくれるので、黙っていても、自然と賃金相場は上がる。
すべて人任せで、But it's allright,だったわけです。
しかし、実際には、正に、Like a rolling stone,だったわけです。

・転がり出した石

しかし、状況は、一変しました。
中国を始め、それまで後進国と思われていた国が、経済発展を始めました。
いわゆる、新興国となったのです。
それまで先進国だけで独占していた資源も、有限であることを、認めざるを得なくなり、物の需給バランスは、大きく崩れました。
そこへ、登場したのが悪魔の経済学、マネタリズムです。
他にも、新古典派、供給の経済学等、色々な呼び名を持つ、この経済学は、最近では、新自由主義(ニュー・リベラリズム)という、最もふさわしくない名で呼ばれることが、一般的になってきました。さぞかし、本来の自由主義(リベラル)の人達は、迷惑なことでしょう。
とにかく、このデタラメな経済学は、時代にはまりました。
国際競争力や、グローバル化が、当然のように語られる中で、とにかく、大企業に資本を集中させ、格差を広げるこの悪魔の経済学は、支払い能力のある、高額所得者や、大企業には、減税を施し、元々支払い能力の無い人たちや、納める必要の無い、年金生活者を増税しました。
「同じ行政サービスを受けるなら、税負担に、貧富の差があってはいけない。負担は、公平にされるべきだ。」という、甚だバカげた主張から出たものです。
当たり前ですが、これでは、財政赤字は、広がる一方です。
しかし、これも奇妙なもので、本人建ちは、「財政再建派」を名乗っています。

そういう政策を取り、日本の政治・経済を、メチャクチャに破壊しつくしたのは、小泉・竹中コンビですが、世界の、ということでは、これに、レーガン以降の米共和党政権が加わりますが、中でも、ブッシュ(ジュニア)は、デタラメなことでは、ずば抜けています。

少し、長くなりましたので、続きは、次週にします。
2009年7月5日(日)
19時40分

阿部紀史

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2009年6月28日 (日)

おもちゃが危険すぎる北朝鮮

おもちゃが危険すぎる北朝鮮
・写真は長大病院6月21日(日)夕食
1日当たり1800kcl

いつもの写真に比べて、アングルも悪いし、手ブレもあります。
ベッドから動けず、右手が使えません。
実は、現在入院中です。
先週の土曜日、いつもの美術館の喫茶コーナーでブログを書き上げ、いざ帰ろうと杖に手をかけたとき、右手首に痛みが走りました。
それまで平気で、ケーキを食べ、コーヒーを飲んでいた手です。
相当の痛みでしたが、何とか家まで我慢しました。しかし、家についた時には、既に箸も持てない状態でした。
日曜日は、終日、ベッドから降りることもままならず、トイレも尿器で済ませました。
で、月曜日の朝、救急車で長大病院へ行き、そのまま入院しました。
私は、最初、疲労骨折を疑ったのですが、MRIもレントゲンも骨には異常無し。
血液検査の結果、蜂窩織炎と診断されました。
患部を切開し、膿汁の通り道を作り、毎日付け替えの時に中をクリーニングしています。縫合はしていません。(ムチャクチャ痛い!)
後は、日に5本の抗生物質の点滴です。
ということで時間があるので、ブログの更新に勤めます。

・悪乗りか?断末魔か?
北朝の挑発!

あの国には、全く時代が見えていません。ダダをこねれば、いつか自分達の言い分が通ると信じています。赤子以下、子供でももっと理解力はあるし、うまく振る舞うものです。
ただ、我々の方も前提として考えておかないといけないのは、朝鮮戦争は、まだ終わってはいないということです。
たぶん国際的な情報を得られるのは、政権や軍幹部の一部であって、もしかしたら、金正日(将軍様)も蚊帳の外かもしれません。
ですから、こちらも気を付けなければ、いけないのは、やれ、制裁だとか、国連決議だとか騒ぎ立てると、一部指導者達の思う壺だということです。
ちょうど、戦前・戦中の日本に似ています。
私は、戦前・戦中の日本で正確な情報が、天皇に伝えられていたとは、とても考えられません。
特権階級しか正しい情報を得られない、現在の北朝鮮では、国民の危機意識を煽るのは簡単です。
下手に追い詰めると、国民を犠牲に何をするか分かりません。「窮鼠猫を噛む」の理屈で、いざとなれぱ、友好国とされる、中国や、ロシアですら、例外ではないでしょう。
北朝が真に望んでいるのは、朝鮮戦争の終結と、やはり、世界経済の枠組みへ入ること、特に米国との経済的関係の修復でしょう。
しかし、そこへ引き入れてしまえば、変化は、自ずと起こります。
国の体制も、今のままでは、国際経済には、着いて行けなくなるからです。
「ベルリンの壁」が壊されるきっかけとなったのは、国境付近で傍受できた、西側のテレビでした。
情報は、世界を変える力があります。
「ベルリンの壁」がテレビで壊れたのなら、次に、38度線を消してしまうのは、インターネットでしょう。
いくら規制をかけても、必ず、誰かがネットから情報を得ているはずです。

2009年6月28日(日)
14時33分

阿部紀史

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2009年6月21日 (日)

我が父阿部国人(父の日に)

我が父阿部国人(<br />
 父の日に)
・写真は長崎県美術館喫茶コーナーの「カプチーノ」価格:400円
度々、ご登場いただいていますが、今日は、「父の日」。父が好きだったコーヒを使ってみました。

・偉大だった父

今は亡き私の父は、大変複雑な経歴を持っていました。
福岡県田川市に柔道家の祖父、阿部熊太の次男として生まれた父は、田川中学卒業後、盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)獣医学科に進んでいます。
その後、職業軍人として帝国陸軍へ入隊していますが、何故、軍人を職業として選択したのか、私は、訊いていません。
私の中の父のイメージは、以下の通りです。
1,獣医師としての父
2,元陸軍大尉としての父
3,長崎県庁職員としての父
4,長崎県職員労働組合委員長としての父
5,長崎県労働組合評議会議長としての父
6,長崎県原水禁議長としての父
7,長崎県社会党副委員長としての父
8,参議院議員、衆議院議員、長崎市長の各選挙における、社会党公認候補者としての父(何れも落選)
※市長選挙では、すでに無所属が当たり前になっていましたが、「党派色をゴマカスのは、良くない」という本人の強い意思で、あえて社会党公認で出馬しました。
9,その他、数えきれないくらいの市民運動、平和運動に関わっていた父
10,長崎県労働金庫理事長としての父
11,忙しい中、家庭サービスに時間を割いていた父

その他にも以下のようなことがあります。

・三人の子供が在学した学校では、在学期間通して、PTA会長を勤めていました。
・自治会長は、やっていなかった期間を計算した方が早いくらい、住んでいたどの町でも勤めていました。ただ、市長候補に内定していたときは、引っ越したばかりで、町の人の要請は、有りましたが、立場を利用していると思われるのを嫌い、お断りしていました。
また、後1年勤めれば市の表彰というときには、「表彰のためにやっていたのではない」と、それ以上は、引き受けませんでした。

・戦争体験が父の原点

陸軍大尉としての経歴を持ちながら、復員後、自らの戦争体験の反省から、それまでとは正反対の左翼へと変身を遂げ、反戦・平和、労働者解放、女性解放運動などに、身を投じた父を、私は、尊敬しています。
復員後、G級戦犯として公職追放の身の時には、獣医をやっていたので、それを続けることも出来た筈ですし、また、その方が経済的には、楽だったはずです。
しかし、父は、その道を選びませんでした。
収入がなくなり、年金生活に入っても、市民・社会運動からは、手を引かず、79才で亡くなるまで現役を貫きました。
父の日にあたり、今は亡き父のことを書いてみました。
父から聞いた面白い裏話などもあり、これから時々は、書こうかなと思っています。
父が亡くなったのは、10年も前です。

阿部紀史
2009年6月21日(日)
20時12分

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2009年6月20日 (土)

許されない郵政西川社長の続投!

許されない郵政西川社長の続投!
・写真は、長崎県美術館の回りに群生する、「花」
名前は、知りませんが、大好きな花です。
一度、全て刈り取られてしまったことがあり、がっかりしていましたが、最近やっと以前の勢いを取り戻しました。(1年以上を要している)
自然が再生するのには、時間が要りますね。
自然破壊と言えば、長崎県は、悪名高い、「諫早湾干拓地」を抱えており、甚だしい時代遅れの開発に長崎県民は、恥じ入るばかりです。
何故か、長崎では、民主党長崎県支部も干拓賛成派で、かつて、いわゆるギロチンと呼ばれる潮受堤防が閉められるときに、管 直人氏が、反対のために現地に乗り込みましたが、民主党長崎による「帰れ!」のシュプレヒコールを浴びるくらいですから、民主党長崎県支部は、「いったい何を考えているんだ?」と言いたくなります。
それにしても、諫早湾といい、長崎新幹線といい、賛成と言う人を私は、知りません。
タクシーの運転手さんなんかに話を訊いても、「絶対反対」の人は沢山いますが、積極賛成の人は、いません。
地方議員や、知事は、どこを向いて政治をやっているのでしょうか?
でも、それを推進する知事や議員を選んでいるわけですから、県民も同罪です。

・小泉が信念でやった郵政民営化ってたかだかこんな程度?

「簡保の宿」問題から始まって、問題続出の郵政ですが、今度の西川社長の続投は、絶対に許してはいけません。
問題だらけの、西川社長は続投で、不正を正そうとした主管大臣が更迭されるなんてことが、あって良いわけがありません。
麻生首相の、御乱心としか思えない今回の出来事は、巨額の資金を抱える、郵政が、如何に裏の多い世界かを物語っています。
現職の閣僚を更迭し、一民間の社長を擁護する。誰が考えても、利権がらみの大きな裏があるとしか思わないでしょう。
あそこまで批判されて続投の意思を変えないのは、「自分は辞めなくてよい」あるいは、「辞めてはいけない」何かかあったからです。
何かとは、当然、オリックスとの間にあった不自然な、というより明らかに不正に交わされた、郵政の莫大な不動産に関する取引です。
鳩山大臣はよくぞ阻止したと拍手を送りたいくらいです。
まともな入札を経ることなく、国民の重要な資産が払い下げられる、または、されてきたのですから、言語道断です。
ここは、水戸黄門か、大岡越前に登場していただき、きつい沙汰を下してもらうか、いっそのこと、「仕事人」に鳩山氏の恨み・無念を晴らして欲しいところです。(頼み料は、鳩山兄が払う)
上記は、確かに冗談ですが、ここまで道理が通らないとそう思いたくなります。現実には、この恨み、買って仕事をするのは、選挙民(国民)という名の仕事人です。
選挙で麻生自民党を、始末してしまえば良いわけです。
頼み料?
勿論、無駄遣いの血税をまともに使って、増税無き豊かな生活を取り戻すことがそれに当たります。
仕事の的は、自民党政府と、郵政西川!
小泉政権で仕留め残した的!
大量の資金を取り戻しましょう。
南無阿弥陀仏

阿部紀史
2009年6月20日(土)
20時42分

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2009年6月13日 (土)

足利事件の冤罪が語るもの

足利事件の冤罪が語るもの
写真は、「バニラアイスクリーム」長崎県美術館の喫茶コーナーのものです。やはり、アイスクリームのリファレンス。ほかは、これのバリエーションにすぎません。
価格:350円
この、喫茶コーナーには、BOSEのWAVEシステムが置いてあり、さすがに良い音しています。
大きさは、ラジカセよりもまだ小さめですが、とても大きさや、材質からは、想像もつかない音です。
元々、私がこの喫茶コーナーに通い始めたのは、この音が聞きたいがためでした。
最近では、ジャズ喫茶なんてしゃれたものは、在りませんから・・・

・足利事件の投げ掛けるもの

前回、裁判員制度の問題点を書きましたが、タイミング良く、足利事件で有罪判決を受け、服役中の方が釈放されました。
再審前の釈放ですから、検察が、足利事件は、冤罪だと認めたわけです。
DNA鑑定は、当時、「まだ証拠とするには、精度が低すぎる」と専門家は言っていた時代です。
そういうこともあってこの事件は、よく覚えていました。
DNAの専門家が問題を指摘していたにも関わらず、法律の専門家は間違いを犯したわけです。
DNAの鑑定が精度を上げたのは、スーパーコンピューターを駆使した、「ヒトゲノム」計画が一応終わったのは、極最近のことです。
この事件を考えた場合、はたして、裁判員制度の下では、どのような判決になっていたでしょうか?
法律の専門家が、間違ったような事件です。しかも、裁判には、長い年月が費やされています。
公判前手続きが採用され、平均で三日と言われる新しい裁判制度の下で、たぶん一生に一度しか関わらないであろう、裁判において、裁判員が正しい判決を出すとは、考えられません。

・せめて量刑判断を省いて
確か、米の陪審員制度では、陪審員が決めるのは、有罪か、無罪かだけで、量刑判断は、裁判長がやることになっていたと思います。
日本の裁判員は量刑判断までしなければならず、ハッキリ言って無茶だと思います。
短かすぎる裁判では、その内容の理解すら、疑わしいでしょう。
それと、好ましくないことは、裁判員はマスコミが興味本意に流す、本来事件とは関係ない、被疑者や被害者に対する近所や、職場や、その他、色々な所での、評判などに触れることになります。
判決を判断する上で、感情的な要素は、大変大きくなります。
ですから、せめて量刑判断は、「裁判員」にではなく、裁判官がやるべきだと考えます。
一つ間違えば、開けた裁判などという、キレイゴトでは、済まされない問題になります。
開けた裁判を主張するのであれば、裁判のテレピ中継を認める方が、よほど、開けていると言えます。。
公開裁判が、憲法により保証されていますが、実際に裁判を傍聴できるのは、裁判所に出掛けられる極一部の人だけです。
注目度の高い裁判は、抽選です。
インターネットを利用すれば、国民は、等しく平等に、裁判を傍聴できます。
とにかく、「裁判員制度」は、何らかの見直しが必要と考えます。

阿部紀史
2009年6月13日
18時19分

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2009年5月31日 (日)

誰が決めた?裁判員制度を考える

誰が決めた?裁判員制度を考える
写真は、「チーズケーキ」
長崎美術館の喫茶コーナーのものです。
価格:600円
以前からあるメニューですが、以前の物と比べて、生地が、しっとりとして来たように思います。
デンマーク産チーズを使った、コクのある満足な一品です。

・国民の声を無視した不思議な制度

私は、これほど不思議な存在を他に知りません。
国民の7割りが反対、または疑問を持っているにも関わらず、余り、批判されることもなく、5月21日にスタートした、「裁判員制度」です。
今回も、マスコミは、裁判員制度がどのようなものであるかの、制度の説明に終始し、制度を批判することなく、政府広報の役割を忠実に果たしています。
だいいち各政党も、まるで当たり前のように、この問題については、世論を無視しているではありませんか。
何故か、日弁連も無批判で受け入れています。
そして、この問題に関しては、まるで反対だったり、疑問を持っている国民が、制度を理解していないことが問題のように扱われています。
だから、「裁判員は、どのようにして選ばれるのか?」、「どのような場合、辞退できるのか?」というような話題ばかりになってしまっています。

・裁判は、何のため、そして誰のためのものか!

そもそもの始まりは、アメリカ型の陪審員制度を真似ようとしたことでしょう。
そしてその背景には、「被害者の立場にたった裁判を」という世論があったのは、確かでしょう。
しかし、そもそも裁判は、一方的に、被害者の方を見て行われるべきものでしょうか?
被害者やその家族が、加害者に対して重罰を求めるのは、当たり前であり、その観点に立てば、量刑に幅など必要なく、常に最高刑しかあり得ません。たぶん最高刑でも足りないでしょう。可能なら、刑が重すぎるなどということは、ないでしょう。
しかし、どうでしょうか?もし、被害者や、その家族の希望通りの判決が出ることになると、それは、良いことでしょうか?
裁判員が裁けば十中八九被害者よりの判決が出るでしょう。
「疑わしきは、被告人の利益に」、「状況証拠だけでは、判決の根拠にはならない」
こういう原則が果たして守られるでしょうか?
大変難しいと考えます。
しかも、たった6人の裁判員は、当然のごとく、各裁判で別人であり、当然、その判断力や、価値観には余り小さくはない差があり、被告に下される判決には、選任された裁判員次第ということになります。
今までも、裁判官は、裁判毎に違っていたではないか?と言う人がいるでしょうが、裁判官は、一定レベルの法律の教育を受け、尚且、司法試験をパスした人たちです。検察官や、弁護士もそうです。
違いはあっても、そんなに大きなものとは思えません。
しかし、それでも一審から最高裁までかなり差が出ることがあるのです。
ましてや、今度は無作為に選ばれた、素人が裁くわけです。各被告人が公平に裁かれるとは、言えません。「法の下の平等」に反します。
更に、裁判員が長い期間裁判に関わることは、不可能ですから、裁判短縮のために、「公判前手続き」が採用されます。
たった三日程度で、裁判員にたいして、被告人が十分に弁明できるとは、とても言い難いでしょう。

・要は、責任逃れの手抜き裁判制度

米の陪審員制度がいったい過去にどれだけの冤罪を産んだでしょうか!
「サッコ、バンゼッティ事件」に無罪判決が言い渡されたのは、死刑から余りにも時間が経ってからでした。「死んで花見が咲くものか」です。名誉回復なんかクソ食らえです。
今度から、今までのように、検察、弁護、そして判事も責任を負わないのです。
何故なら、民主的に裁判員が裁いたのですから。

阿部紀史
2009年5月31日
19時25分

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2009年5月24日 (日)

此からどうする?マイクロソフト

此からどうする?マイクロソフト
写真は、長崎の有名な「活水女子大学」
自宅マンションのベランダから見た夕景です。
昔は、短大として有名でしたが、今は、4年制です。
英文科や、音楽科が有名で、音楽科の生徒さんたちは、時々、美術館のエントランスホールでミニコンサーとをやっています。
レベルは、相当に高いと、私は、思います。

・XP以降の標準OSは、何になるのか?

独禁法違反と言われながらも、MS-DOS以来、20年以上にわたり、標準OSの地位を守ってきたマイクロソフトですが、WindowsXP発表以降、何等目新しい開発もなく、MSとしては、期待して出した、WindowsVistaも、単に重たくなっているだけで、XPと比べたときに、何等目新しさはなく、わざわざXPから乗り換える必然性は、何も無いと言って良いでしょう。
新しくパソコンを買った人は、別として、XPからVistaへと乗り換える人は、余りいないのでは、ないでしょうか?
少なくとも、私の回りには、皆無です。
私は、正式な発売前のβバージョンを使ってみましたが、何の魅力もなく、ほんの数日でアンインストールしてしまいました。
理由は、簡単、使いにくかっただけです。
それと、此までの、テキスト編集か可能だったNTローダーに変えて採用された、バイナリーのローダーBCDは、扱いにくく、Vistaのアンインストールには苦労しました。

・未だにXP搭載機を売るメーカー各社

Vista発売から2年が経ちましたが、PC各社は、未だにXP搭載機を売り続けています。
今月、会社で使う私のPCが、新しくなりましたが、搭載OSは、XPです。
PC本体には、Vistaのロゴシールが張られていることから、Vista→XPとダウングレード権を利用して、XPをインストールしたものと思われます。
インテルのセレロンデュオ1.6Gに2Gのメモリー、XPが快適に動きます。
ちなみに私の働く企業では、Vista搭載機のNETへの接続を認めていません。
IEもバージョン6であり、バージョン7のインストールは認められません。
互換性を重視する企業としては、当たり前のことでしょう。
これを踏まえて考えれば、Vistaの販売数=Vistaの利用数ではないと言うことです。
実際には、XPへのダウングレードされた分を引かねばならず、利用数では、もっと少ないわけです。
MSでは、余り人気のないVistaに変えて、Windows7と呼ばれるOSを開発中で既に試用版は、利用可能です。
私自信は、未だ使っていないので、確信を持って言えませんが、雑誌等で情報を見る限りでは、そんなに魅力的な、OSではなさそうです。
XPからの乗り換えが進むとは、思えません。
特に企業は、躊躇するでしょう。
しかし、現実には、2014年でXPのサポートは、終了します。
もう一つの現実は、MSでは、一度ライセンス供与を終了したXP-HomeEdisionをミニコンの為に再発売に踏み切っています。
ダウングレードではない正式バージョンです。

・注目に値するLinuxの台頭

もし、MSがこのままの路線を踏襲し続けるとなると、Windowsが標準OSで在り続けることは、かなり難しくなるのではないでしょうか?
PCがインターネットに繋がっていなければ、意味がない今日、逆に言えば、インターネットという共通プラットホームを持ったときから、実は、OSは、何であろうと構わなくなってしまいました。
相違点は、インターネットという共通プラットホームが無くしてしまいます。

そんな中で、Linuxの存在は、大きくなっていくことは、必然です。
軽くて、優秀なOS、それがLinuxです。
私も、実際にXPとのデュアルインストールで使用していますが、大変便利で扱いやすいOSです。
私の回りの人たちの中にも、かなり、利用者が増えてきています。
HDにインストールまではしなくても、1CDで利用する人は、かなりいます。
アプリケーションもオープンコードによる、開発は、魅力的で、実用性の高いものが多数有ります。
しかも、すべてが基本的に、無料だと言うことは、何ににも変えがたいものがあります。

阿部紀史
2009年5月24日(日)
21時2分

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2009年5月17日 (日)

小沢一郎氏の説明責任の必要性

小沢一郎氏の説明責任の必要性
写真は、「カレーライス」長崎県美術館の喫茶コーナーのものです。
価格:800円
ミニサラダとドリンクのついたセットで、1100円
カレーライスは、ビーフです。
蓮根のす揚げがトッピングしてあり、付け合わせもタップリとあって味・量共に満足の行く逸品です。

・小沢一郎氏に疑惑に関する説明責任は、あるのか?
一般的にあると思います。たとえ、今回の疑惑が、言われなき事で、潔白であってもです。
氏自信が、起訴されたわけではなく、検察の挙げたことに対して、「それが何故、違法なのか?」と言われている限りでは、「政治資金収支報告書を見れば良い」、と言えないこともないのですが、一度疑惑をかけられると、それを拭うには、かなり努力しないと出来ないからです。
ですから、膨大な、政治資金収支報告書を全部説明することは、不可能でしょうから、特に金額の大きな勘定について、国民向けに説明できれは良いのではないでしょうか?

・マスコミは、チャンとした取材をしてから報道を

今回の小沢一郎氏の政治資金の問題で、マスコミは、単に「説明責任が果たされていない」と抽象的な表現で報道を繰り返すばかりで、具体的に何が、どう説明される必要が在るのか、全く示していません。
小沢氏自信が、潔白を主張し、「政治資金収支報告書を見れば分かる」と言っている以上、具体的に費目を挙げて説明を求めるべきではないでしょうか?
今のマスコミの言い方は、「金額が大きいから、不正が在るに違いない!白状しろ!」と言っているのと同じで、検察と同じサイドに立って、丸受けで報道しているだけです。
自ら取材したものとは、言い難いでしょう。
最近のマスコミは、「〜依れば」と言うものが、あまりにも多く、質の低下が見てとれます。
こういうことだから、記事や、ニュース・ソースの盗用等という、信じられない事件が各社絶えないわけです。
色々な冤罪事件についても、逮捕、起訴時には、容疑者であるにも関わらず、犯人扱いで報道し、冤罪と分かると、今度は、捜査当局を批判するばかりで、自分達の誤りを認めて被告に謝罪したなど、聞いたこともありません。
故、筑紫哲也氏のように、双方の主張を平等に聞くと言う視点は、全く見られません。
筑紫氏の在りかで象徴的だったのは、「グリコ・森永事件」が時効になるとき、いわゆる「キツネ目の男」が各メディアに出たおりに、メディアによっては、興奮して「お前が犯人だろう」と迫るような場面もありました。
しかし、筑紫哲也のNEWS23に、問題の人物が出演したとき、筑紫氏は、最後に一言だけ、「あなたは、本当に犯人ではないのですか?」と、問題の人物が言うことを聴くだけで終わったのは、さすがだと思いました。報道の自由は、近代社会に欠かせない、重要なものです。
しかしマスメディアが発達してその影響力は、はかり知れず大きいものだけに、ワイドショー的な興味本意に陥ることのない、質の高い報道に期待したいものです。
このままでは、やはり、既存のものは、インターネットに凌駕されてしまうでしょう。

阿部紀史
2009年5月17日(日)
20時50分

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2009年5月 9日 (土)

新型インフルエンザは、「オオカミ少年」か?

誰が「オオカミ少年」?
窓が青く光るビルの写真は、長崎にある、AIGビルです。
長崎県美術館の喫茶コーナーから挑んだものです。
報道によれば、日本生命が、1000億円で、買ったとか?
雇用、地方税などの面で、低所得の長崎には、必要な存在です。今、実質上米政府の管理下にありますが、早く今後のあり方に方向性が出てくれば良いのですけれども。

・新型インフルエンザ騒ぎは、「オオカミ少年」?

新型インフルエンザの扱いで、フェーズレベルを5から6に上げるかどうかのWHOの判断基準に、スペインと共に対象となった英ですが、その英から、今回のWHOの新型インフルエンザに対する、一連の判断が「オオカミ少年」だと言う批判が出ていると言います。
しかし果たして、これが妥当な批判と言えるでしょうか?
「テロが起こるぞ」と米ブッシュ政権と一緒になって「オオカミ少年」を演じていたのは、一体、何処の誰でしょうか?
結局、あのテロは、無差別なものではなく、半イスラム的な、ブッシュ政権下の親米路線を取り、それこそ、「オオカミ少年」よろしく、「大量破壊兵器がある」と嘘をついてまでイラク戦争を引き起こし、それに深く関わった国だけです。
たから、当時、これらを強く指示した、ブレア政権の英は、テロの対象となりました。
しかし、殆んどの国が、テロとは、無縁でした。
日本もブッシュ万歳路線の小泉政権が、自衛隊を、派遣しましたが、人道支援に徹したのが良かったのか、テロの対象には、なりませんでした。自衛隊の復興支援活動が、イラクの人々の、指示を得られたのも大きな理由でしょう。
元々、一連のテロ騒ぎは、国連を軽視し、一国主義を採った、ブッシュ政権が作り出したようなものですから、米の政権交代を契機にだんだん減るのではないでしょうか?

・「オオカミ少年」で大いに結構!新型インフルエンザ!

今回の新型インフルエンザをめぐる警戒は、「オオカミ少年」で結婚です。むしろ結果としてそうなればベストなのです。
それに、WHOが問題にしているのは、英のような先進国ではありません。
このような事態に、十分な対策がとれないであろう、後進国に配慮しての判断です。
この点からも、「オオカミ少年」批判は、大国の身勝手と言わざるおえません。
それに、先進国が、新型インフルエンザを、この程度に押さえ込んでいられるのは、WHOの早い対応で、各国が、早期に危機管理体制を採ったことによるところが、大きいと考えられます。
今後一時的に、感染が弱まった後に、再び感染が確認されたとき、今回の事態を「オオカミ少年」扱いする国は、大きなしっぺ返しを食らうでしょう。
問題は、「オオカミ少年」を批判するのではなく、いかに、「オオカミ少年」が、「オオカミ少年」のままで終わらせるかなのです。
このような事態では、各国や各人の本音をはじめ、色々なことが見えてきます。
カミユの作品「ペスト」が頭をよぎりました。
1医師の目で見た、ベストでパニックになった人々を通して、人の在り様を描がいた、大変な秀作です。一読の価値有りです。
阿部紀史
2009年5月9日
19時23分

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